診療所経営を直撃する物価高と消費税補填の問題
(2026年5月)
2026年2月末、米国・イスラエルの突然のイラン攻撃を発端にして、ホルムズ海峡が事実上封鎖状態となりました。この封鎖による原油価格高騰は、日本にも様々な影響を及ぼし始めました。現在、政府のガソリン価格測政策と原油備蓄放出策で、ガソリン価格は下がっていますが、そのほかの石油由来商品については品不足が顕在化しています。医療用グローブはすでに品薄状態で、その対策として、政府は5月に備蓄している医療用手袋5000枚を放出すると発表しました。*1
この戦争による石油由来商品の品不足だけでなく、ほかの商品にも値上がりが及び、日本でもインフレが加速する恐れがあります。*2
この影響はじわじわと保険診療所にも出始めています。光熱費・医療材料費・人件費のすべてが上昇し続けるなか、病院の収入は診療報酬によって固定されているため、物価高でも他業種のように価格転嫁できない構造的な問題となっているからです。
それは消費税の負担という問題にも現れていて、その苦境を裏付けるデータが、直近の中医協審議会で報告されています。*3
2025年11月28日に開催された第26回中央社会保険医療協議会・消費税分科会では、第25回医療経済実態調査の結果をもとに消費税負担の補填状況が報告されました。(*3議事録参照)
医科全体の補填率は令和6年度が101.5%。その内訳は病院が104.9%である一方、一般診療所は93.5%にとどまっていること、歯科診療所は90.1%、保険薬局は103.7%であったことが報告されました。つまり全体の数字では「補填は十分」と見えても、一般診療所と歯科診療所では、消費税負担の6~10%相当が補填されないまま積み上がっていることになるのです。*4
この診療所の補填不足は今に始まった話ではありません。日本医師会常任理事の宮川政昭委員は「一般診療所の上乗せ率は、前回の調査で令和3年度が87%、令和4年度が89.5%、今回の調査で令和5年度が96.8%、令和6年度が93.5%と補填不足が続いております。さらに、法人立の一般診療所においては特に補填率が大きくマイナスの状況が続いているということを認識しております。」*3と指摘しています。
審議会の資料(*4)からも明らかなように、この補填不足は、特に医療法人が経営する診療所で深刻です。個人開業医の補填率は115.9%であるのに対して、医療法人等は87.4%となっています。これはつまり、法人立クリニックが多い都市部の開業医こそ、影響を受けやすいといえるのではないでしょうか。
同分科会において、日本医師会常任理事の長島公之委員は診療報酬による補填の限界をより踏み込んで、次のように指摘しています。
「高額な投資をした際に、減価償却期間で按分して補填されていますので、その1年分しかその年には補填されません。そうすると、それ以外のところはその時点で持ち出しになってしまう。結果として、その年においてはキャッシュフローが極めて悪化する、危機的な状況になるというのが特に高額な投資をした際の消費税を診療報酬上で補填する際の限界あるいは課題であります。」*3
つまり、MRI・CT等の高額医療機器を購入したクリニックでは、購入年に多額の消費税を支払っても補填は減価償却期間で薄く分散されるため、その年のキャッシュフローが大幅に悪化してしまうのです。これは現行制度が抱える根本的な矛盾であると同時に、物価高騰のもとではその負担がさらに膨らんでしまいます。
残念ながら、この第26回分科会の審議を踏まえ、2026年度診療報酬改定では消費税上乗せ点数の特別な見直しは行わないことが確認されました。ただし本体改定率はプラスに設定されており、2026年度の診療報酬改定全体では改定率が全体で+2.22%(本体+3.09%、薬価等-0.87%)となりました(厚生労働省、2025年12月24日大臣折衝)。*5
しかしこの改定率が物価高騰・円安・エネルギーコスト上昇のすべてをカバーできるとは到底思えません。
仕入れる医薬品・消耗品・光熱費が上がれば、支払う消費税も増える、しかし診療報酬上の上乗せ点数は2年に1度の改定時にしか見直されないため、改定から時間が経つほど、物価高の分だけ補填不足が広がっていく構造になっている――。
診療所の消費税補填問題は「引き続き検討する」として、26年度の診療報酬改定でも積み残されてしまいました。制度設計の根本に手が入る見通しはたっていないのが現状です。
制度から生じる赤字に加え、戦争による物価高や物不足の影響が、病院経営をこれ以上圧迫しないことを祈るしかありません。
(ブランディングエディター:内田朋恵)
*1「厚労相「一部医療機関で手袋確保困難」5月に備蓄放出(日経新聞デジタル2026年4月17日10:31配信)
*2「日本のインフレ加速の恐れ、原油急騰-ホルムズ海峡が事実上封鎖」Bloomberg(2026年3月2日 at 17:42 JST)
*3中央社会保険医療協議会診療報酬調査専門組織「医療機関等における消費税負担に関する分科会」第26回議事録(令和7年11月28日)
*4「控除対象外消費税の診療報酬による補てん状況の把握〈令和7年度〉」(診調組 税-17.11.28)6P参照
*5「診療報酬改定の改定について」2025年12月26日